日本の歴史 明治維新 士族の終焉
2021年07月20日
明治維新②はこちらから
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明治維新③
明治政府は西洋に対抗できる近代国家をつくるため、政治・経済・法律と、あらゆる分野で国の仕組みをかえていきます。
士族は江戸時代、さまざまな特権を与えられていましたが、近代国家には必要とされませんでした。
そして、士族は解体されていきます。
最初のうちは「秩禄」とよばれる年金のようなものを受け取って生活が保障されていましたが
明治政府に金銭的な余裕はありません。1876年、秩禄の支給が打ち切られます「秩禄処分」
さらに、外を出歩くときに刀を差していてはいけないという「廃刀令」がだされます。
「廃刀令」狙いは士族の武装解除にあります。
「秩禄処分」と「廃刀令」を受け、士族たちの不満はさらに高まっていきます。
その不満が反乱をおこしていきます。
1874年 佐賀の乱(佐賀県)
1876年 神風連の乱(熊本県)
1876年 秋月の乱(福岡県)
1876年 萩の乱(山口県)
これらの反乱ののち、1877年に「西南戦争」がはじまりました。
士族のリーダーは「西郷隆盛」でした。
もともとは明治維新の中心人物でしたが、「征韓論」問題で大久保利通と対立し鹿児島へ帰郷し私学校を設立して軍事、思想教育を行っていました。
私学校生徒たちの武力反乱を抑えることができずに挙兵することになりますが敗北。
「西南戦争」は終結します。
この敗北により士族の没落は決定的なものになりました。